今年のに組 2011/07/312011/08/10 masako私的なある日 いいねぶただー。 囃子方が目指すのはもちろん囃子賞。 今夜は新町に大型ねぶたが繰り出し、囃子方も勢揃いです。 仲間と「らっせらー」の掛け声とともにノンストップの鉦。 調子の良い「ころばし」も行いました。 ねぶた前では三味線演奏や手踊り、纏振りや梯子乗りの演技も。 火消しの心意気に 「よっ、に組」と声が掛かり大きな拍手。 に組ならではのアトラクションです。
Seiyaの囃子談議 昭和60年入会。当時はイベントをはじめ、自力で囃子が出来る団体が少なくて「正調ねぶた囃子保存会」があちこちのねぶたの運行団体に囃子方を派遣して、青森ねぶた祭りのお囃子を側面から支えておりました。 その中で、「に組」はイベントは出来るし、荒川の囃子を伝承して、しっかりした囃子が出来る少数精鋭のメンバーが揃っている素晴らしい囃子の団体でした。 あれから30数年、各団体独自で囃子を育て、イベントもガンガンこなすようになり、囃子を支えてきた「正調」は、今、その役割を終えようとしています。 わが「に組」もしかり、大人数を抱えた当時と違い、参加人数が減少し、他団体と対等に演奏するには、もはやマイク・拡声器に依存するしか道はありません。 かたくなに昔の面影を追い続けるのも「に組」の特徴かも知りませんが、他団体ではマイク・スピーカーを駆使して連続で囃子賞を獲得しているのが現実です。 採点は、マイク・スピーカー使用の有無には全く関係なく採点されます。 昔の「に組」のいいところを失いたくない気持ちは分かりますが、もう少し新しきを知ることに心掛けては如何でしょうか。 かつてイベントで大忙しの時代が有り、立派な囃子の会でありながら、昔から年会費をもらわないのがそのいい例です。 温故知新とは古きをたずねて新しきを知るの意です。 古きをたずねっぱなしで新しきを知ろうとしないのもダメだし、新しきを知ろうとする余り、古きをたずねないのもダメです。 今後、かつて一世を風靡した「に組」の囃子に戻るには、今一度、原点に返って 囃子方の方針を再構築してみては如何でしょうか。 年会費をいただいてもいないのに囃子方が激減した理由はなぜか? 平成の世の流れに乗って他団体と同じ音響装備で囃子を演奏してこそ、ハンディのない囃子賞の競い合いになるのではと思います。 「に組」のお囃子は、市が奨励した共通囃子です。如何なる場に置いても他団体の追随を許しません。 わが「に組」囃子方の一人として、他団体とは勝るとも劣らない素晴らしい囃子団体であることを再確認し、自負してやみません。
seiya先輩、コメントありがとうございます。 熱い「に組」への思いは歴史を知っている先輩ならではのもの。 私などはまだまだぺーぺーですが、一緒に活動させていただけることを喜びとしています。 従来から「に組の囃子でなければ跳ねる気がしない」とか「一番勢いがある」という声は多く、そのことを誇りにしていました。でもそのことだけに満足しないでよりよい「に組」のあり方をみんなで考えていかねばならないときなのかもしれませんね。 どのような方向に進んでいくにしても「に組」への愛着を持ち続ける私でいられると思います。
masakoさんへ 同じ「に組」囃子方の一員として、masakoさんにコメントしてしまいました。 去る、8/11付けの東奥日報夕刊の明鏡欄にねぶた祭りの採点・具体的な基準について、貴重な意見を掲載してくれた方がおります。 各団体や市民には分からない、いわばベールに包まれた採点方法、囃子にしても観光客に喜ばれるよう、観光客の目前まで出て行って一緒に跳ねながら演奏し、観光客をとことん楽しませる囃子の団体と、隊列を組み、決して観光客に背中を向けることなく、観光客とは距離を置き、一糸乱れぬ隊列とそれは見事な演奏を整然と披露する囃子の団体との評価が分かれるところです。 今のところ、後者のそれが高く評価され、その囃子の団体は、ここ数年連続して「囃子賞」を獲得しています。 さて、元来、「に組」のお囃子は、跳人にとって跳ね易い速いテンポでの演奏、ノリのいい囃子で観光客を踊りの輪の中に迎え入れ、観光客と一緒に祭りを楽しむお祭り人間の集団です。従って、「に組」は、前者のそれに外なりません。 一時期、後者のそれを真似て、会員に色んな規制を施し、折角のお祭りが楽しくなくなったことがありましたが、そのころから会員が減りだした気がします。 そこまで規制してまで、「囃子賞」が欲しいのでしょうか? 前者か後者か?この先、どちらの方向へ「に組」は進み、私たちをどの方向へと導いてくれるのでしょうか?今まさに「に組」はその位置づけの岐路に立たされているのではないでしょうか? どこの団体にもない、3尺5寸の大太鼓8本を見事に操る「に組」の太鼓部会、笛と鉦の数が他の団体より数倍も必要になる状況下において、折角、天下の「東芝」がついていてくれているというのに、まだ、かたくなにノーマイク、ノーアンプ…。これ一つとっても本当は素晴らしいことなのですが、結果、自己満足に過ぎず、採点には全く関係なし。 masakoさんは、「囃子賞」派ですか?「お祭り」派ですか? お囃子を志す人間としては言わずもがなですよね。「に組」の先輩達の今後の道筋を見守りたいですね。 「黒石よされ」が始まります。黒石びとに返って存分お楽しみ下さい。 8/15「太宰治記念館・斜陽館」のガイド予約が入りました。ガイド頑張ります。
masakoさんへ 今年の「に組」最終コメントです。 今日、ユーチューブでkuroishi100さんが8/2にアップロードしてくれた2011「青森ねぶた祭り前夜祭」の囃子競演会(14:53)の動画を拝見しました。 何でも昨年、囃子の3位以内に入った3団体の競演披露だそうで、まずは、昨年、第3位に入った「青森菱友会囃子方」が登場しました。 ころがし太鼓を引き連れ、演奏中、パフォーマンスがあり、ころがし太鼓の演奏あり、ねぶた囃子の輪奏?ありで、それは前夜祭にふさわしい観客を魅了させる素晴らしいものでした。 しかも、舞台の端っこには、何故か小太鼓を担いてころがしを演奏している私の甥の姿もありました。 年1回舞い込む甥の年賀状に、他団体の何処よりも厳しいといわれている「菱友会」の練習に耐え、やっと太鼓部会の指導者になれたと書かれていました。 やはり、厳しい練習の成果が「青森菱友会囃子方」の演奏には如実に出ており、私見ですが、近く、囃子の大横綱「凱立会」の「囃子賞」連覇を阻止できる唯一の団体は、多分、「青森菱友会囃子方」しかいないと確信しました。 次に昨年第2位だった「青森ねぶた囃子保存会に組」の登場です。 「青森菱友会囃子方」の演奏が余りにも素晴らしかったので、「に組」のそれは正直ハラハラしました。 囃子の数も他と比べ極端に少なく、半纏といえば、地味で質素な白地に黒の「囃子」の二文字だけ、パフォーマンスも、ころがし太鼓の演奏もなく、「菱友会」の観客をほうふつとさせた囃子とは正反対のそれは静かなものでした。 でも、だれも気づいてはいませんが、このお囃子こそ、1998年(平成10)、貴重な昔の青森ねぶた囃子を再度見直し、将来に残そうと取り決めしたあの荒川の「共通囃子」に他ならないのです。 太鼓も鉦も地味で、何のパフォーマンスもかっこ付けもなく、笛に至っては全く無表情で淡々と吹いており、面白くも何ともない感じでしたが、しかし、マイクを通して聞こえてくる笛のその音色は、他団体には少しも負けておらず、特に7節ある囃子の最後の「ピッ!」の音の強さとキレの良さは、他の団体の何処よりも数段勝っておりました。 この「に組」の地味な演奏を聞いて、私は、涙が止まりませんでした。 「に組」の囃子は「菱友会」でも「凱立会」でも決して名乗ることの出来ない3団体しかない「保存会」名を堂々と名乗れる団体なのです。 わが「に組」の幹部達は、その伝統をしっかり守り、新会員にそれを継承し、古き良き時代に演奏されたであろう「共通囃子」の伝統を守っています。 地元、「五所川原立ちねぷた囃子」を五所川原市民である自分が、かたくなに拒み続け、これまで覚えようとしないワケは、ここにあるのです。 「郷土芸能」・「正調」・「に組」の3保存会は、今年の前夜祭のお囃子競演会を見る限り、その役割を充分に果たして来たことの確認が出来ました。 私は、masakoさん同様、「に組」という素晴らしい団体に入れてもらったことを今、誇りに思っています。 わが団体は、青森ねぶた祭りがある限り永遠に不滅です。しかも、「郷土芸能」や「正調」の団体とは違い、終戦後、すぐにねぶたを出陣させた唯一のねぶたを抱えている団体なのです。 このことを胸に秘め、「に組」の名に恥じぬよう囃子方の一員として頑張っていきます。 お祭り広場会場で大太鼓で演奏した「に組」のころがし太鼓は最高でした。 各団体の囃子が充実し、凱立会の「囃子賞」連覇が阻止される日がそう遠くないことを信じつつ…。
Seiyaの囃子談議
昭和60年入会。当時はイベントをはじめ、自力で囃子が出来る団体が少なくて「正調ねぶた囃子保存会」があちこちのねぶたの運行団体に囃子方を派遣して、青森ねぶた祭りのお囃子を側面から支えておりました。
その中で、「に組」はイベントは出来るし、荒川の囃子を伝承して、しっかりした囃子が出来る少数精鋭のメンバーが揃っている素晴らしい囃子の団体でした。
あれから30数年、各団体独自で囃子を育て、イベントもガンガンこなすようになり、囃子を支えてきた「正調」は、今、その役割を終えようとしています。
わが「に組」もしかり、大人数を抱えた当時と違い、参加人数が減少し、他団体と対等に演奏するには、もはやマイク・拡声器に依存するしか道はありません。
かたくなに昔の面影を追い続けるのも「に組」の特徴かも知りませんが、他団体ではマイク・スピーカーを駆使して連続で囃子賞を獲得しているのが現実です。
採点は、マイク・スピーカー使用の有無には全く関係なく採点されます。
昔の「に組」のいいところを失いたくない気持ちは分かりますが、もう少し新しきを知ることに心掛けては如何でしょうか。
かつてイベントで大忙しの時代が有り、立派な囃子の会でありながら、昔から年会費をもらわないのがそのいい例です。
温故知新とは古きをたずねて新しきを知るの意です。
古きをたずねっぱなしで新しきを知ろうとしないのもダメだし、新しきを知ろうとする余り、古きをたずねないのもダメです。
今後、かつて一世を風靡した「に組」の囃子に戻るには、今一度、原点に返って
囃子方の方針を再構築してみては如何でしょうか。
年会費をいただいてもいないのに囃子方が激減した理由はなぜか?
平成の世の流れに乗って他団体と同じ音響装備で囃子を演奏してこそ、ハンディのない囃子賞の競い合いになるのではと思います。
「に組」のお囃子は、市が奨励した共通囃子です。如何なる場に置いても他団体の追随を許しません。
わが「に組」囃子方の一人として、他団体とは勝るとも劣らない素晴らしい囃子団体であることを再確認し、自負してやみません。
seiya先輩、コメントありがとうございます。
熱い「に組」への思いは歴史を知っている先輩ならではのもの。
私などはまだまだぺーぺーですが、一緒に活動させていただけることを喜びとしています。
従来から「に組の囃子でなければ跳ねる気がしない」とか「一番勢いがある」という声は多く、そのことを誇りにしていました。でもそのことだけに満足しないでよりよい「に組」のあり方をみんなで考えていかねばならないときなのかもしれませんね。
どのような方向に進んでいくにしても「に組」への愛着を持ち続ける私でいられると思います。
masakoさんへ
同じ「に組」囃子方の一員として、masakoさんにコメントしてしまいました。
去る、8/11付けの東奥日報夕刊の明鏡欄にねぶた祭りの採点・具体的な基準について、貴重な意見を掲載してくれた方がおります。
各団体や市民には分からない、いわばベールに包まれた採点方法、囃子にしても観光客に喜ばれるよう、観光客の目前まで出て行って一緒に跳ねながら演奏し、観光客をとことん楽しませる囃子の団体と、隊列を組み、決して観光客に背中を向けることなく、観光客とは距離を置き、一糸乱れぬ隊列とそれは見事な演奏を整然と披露する囃子の団体との評価が分かれるところです。
今のところ、後者のそれが高く評価され、その囃子の団体は、ここ数年連続して「囃子賞」を獲得しています。
さて、元来、「に組」のお囃子は、跳人にとって跳ね易い速いテンポでの演奏、ノリのいい囃子で観光客を踊りの輪の中に迎え入れ、観光客と一緒に祭りを楽しむお祭り人間の集団です。従って、「に組」は、前者のそれに外なりません。
一時期、後者のそれを真似て、会員に色んな規制を施し、折角のお祭りが楽しくなくなったことがありましたが、そのころから会員が減りだした気がします。
そこまで規制してまで、「囃子賞」が欲しいのでしょうか?
前者か後者か?この先、どちらの方向へ「に組」は進み、私たちをどの方向へと導いてくれるのでしょうか?今まさに「に組」はその位置づけの岐路に立たされているのではないでしょうか?
どこの団体にもない、3尺5寸の大太鼓8本を見事に操る「に組」の太鼓部会、笛と鉦の数が他の団体より数倍も必要になる状況下において、折角、天下の「東芝」がついていてくれているというのに、まだ、かたくなにノーマイク、ノーアンプ…。これ一つとっても本当は素晴らしいことなのですが、結果、自己満足に過ぎず、採点には全く関係なし。
masakoさんは、「囃子賞」派ですか?「お祭り」派ですか?
お囃子を志す人間としては言わずもがなですよね。「に組」の先輩達の今後の道筋を見守りたいですね。
「黒石よされ」が始まります。黒石びとに返って存分お楽しみ下さい。
8/15「太宰治記念館・斜陽館」のガイド予約が入りました。ガイド頑張ります。
masakoさんへ
今年の「に組」最終コメントです。
今日、ユーチューブでkuroishi100さんが8/2にアップロードしてくれた2011「青森ねぶた祭り前夜祭」の囃子競演会(14:53)の動画を拝見しました。
何でも昨年、囃子の3位以内に入った3団体の競演披露だそうで、まずは、昨年、第3位に入った「青森菱友会囃子方」が登場しました。
ころがし太鼓を引き連れ、演奏中、パフォーマンスがあり、ころがし太鼓の演奏あり、ねぶた囃子の輪奏?ありで、それは前夜祭にふさわしい観客を魅了させる素晴らしいものでした。
しかも、舞台の端っこには、何故か小太鼓を担いてころがしを演奏している私の甥の姿もありました。
年1回舞い込む甥の年賀状に、他団体の何処よりも厳しいといわれている「菱友会」の練習に耐え、やっと太鼓部会の指導者になれたと書かれていました。
やはり、厳しい練習の成果が「青森菱友会囃子方」の演奏には如実に出ており、私見ですが、近く、囃子の大横綱「凱立会」の「囃子賞」連覇を阻止できる唯一の団体は、多分、「青森菱友会囃子方」しかいないと確信しました。
次に昨年第2位だった「青森ねぶた囃子保存会に組」の登場です。
「青森菱友会囃子方」の演奏が余りにも素晴らしかったので、「に組」のそれは正直ハラハラしました。
囃子の数も他と比べ極端に少なく、半纏といえば、地味で質素な白地に黒の「囃子」の二文字だけ、パフォーマンスも、ころがし太鼓の演奏もなく、「菱友会」の観客をほうふつとさせた囃子とは正反対のそれは静かなものでした。
でも、だれも気づいてはいませんが、このお囃子こそ、1998年(平成10)、貴重な昔の青森ねぶた囃子を再度見直し、将来に残そうと取り決めしたあの荒川の「共通囃子」に他ならないのです。
太鼓も鉦も地味で、何のパフォーマンスもかっこ付けもなく、笛に至っては全く無表情で淡々と吹いており、面白くも何ともない感じでしたが、しかし、マイクを通して聞こえてくる笛のその音色は、他団体には少しも負けておらず、特に7節ある囃子の最後の「ピッ!」の音の強さとキレの良さは、他の団体の何処よりも数段勝っておりました。
この「に組」の地味な演奏を聞いて、私は、涙が止まりませんでした。
「に組」の囃子は「菱友会」でも「凱立会」でも決して名乗ることの出来ない3団体しかない「保存会」名を堂々と名乗れる団体なのです。
わが「に組」の幹部達は、その伝統をしっかり守り、新会員にそれを継承し、古き良き時代に演奏されたであろう「共通囃子」の伝統を守っています。
地元、「五所川原立ちねぷた囃子」を五所川原市民である自分が、かたくなに拒み続け、これまで覚えようとしないワケは、ここにあるのです。
「郷土芸能」・「正調」・「に組」の3保存会は、今年の前夜祭のお囃子競演会を見る限り、その役割を充分に果たして来たことの確認が出来ました。
私は、masakoさん同様、「に組」という素晴らしい団体に入れてもらったことを今、誇りに思っています。
わが団体は、青森ねぶた祭りがある限り永遠に不滅です。しかも、「郷土芸能」や「正調」の団体とは違い、終戦後、すぐにねぶたを出陣させた唯一のねぶたを抱えている団体なのです。
このことを胸に秘め、「に組」の名に恥じぬよう囃子方の一員として頑張っていきます。
お祭り広場会場で大太鼓で演奏した「に組」のころがし太鼓は最高でした。
各団体の囃子が充実し、凱立会の「囃子賞」連覇が阻止される日がそう遠くないことを信じつつ…。